これは韓国の話である。

今90%以上の韓国人が、現金を使わないキャッシュレス生活をしている。果たして韓国はどれほど、便利な社会になっているのだろう。30年以上前から、日本の地に住んでいるものとしては想像が出来ないことも多い。今の私は、ただ、1年に2、3回ほど韓国に帰ることがある。京都精華大学の協定校である大邱大学校へ交換留学制度を利用し、現地調査(韓国フィールドプログラム)に取り組んでいる学生に会えるため2度韓国で3番目に大きい地方都市大邱で2、3日ホテルに滞在する。滞在期間を利用して学生の指導や大邱大学校の関係者に挨拶をする。そして、高齢の母が住んでいる京畿道安山にも年に一度は訪ねることがある。安山はソウル市内から地下鉄で1時間ほど離れた場所である。ソウル周辺と、地方の大都市にいる間、私自身財布から現金を取り出して、お金をさわるのはあまりない。学生や関係者とお昼ご飯をたべたあと、料金を支払う時も、現金を使ったことがない。今住んでいる京都市内で週末の買い物をする際、現金を払うことも徐々に減っている感じはするが、やはりつい財布を出しては現金を払う癖が消えてはいない。さて、となりの国韓国のキャッシュレス事情をまとめることで、日本の周辺にいるアジア諸国の状況がより良く分かるになると思われる。

韓国社会が急速にキャッシュレス社会へ向かうきっかけになったのは、1996年の外貨金融危機(いわゆるIMF事態)である。外貨金融危機以後、韓国政府は租税を確保するため国民に信用カードの普及を奨励し、信用カード取得する際に所得控除の恩恵まで与えていた。経済の景気が悪化していくと偽札が増えることもあり、様々な対策を練る中、韓国のIT技術とこのキャッシュレスが結びつくことになった。

特に、2002年日韓共催のワードカップ以後、国内外で使える信販会社の信用カードや銀行が発行するチェックカードによる決済が次第に人々の日常生活に根付いていた。さらに、韓国銀行が2016年1月1日以来、コインのない社会を目指すと言い、それ以来韓国造幣公社が発行するコインがますます減っている。韓国の硬貨は、500圓、100圓、50圓、10圓、5圓、1圓と6種類である。そういえば、1圓玉は現在流通してないものになっているが、5圓の硬貨は最近見たことがない。2020年は韓国銀行創立70周年を記念し、現在使用している硬貨を記念発行している。 それが以下のものである。

*韓国記念硬貨に関しては、https://www.komsco.com参照。

日本のことを考えると、日本では消費税が10%にもなったにも関わらす、1円玉の使用が減ることがない。実は、1円の硬貨を日本銀行が作る祭に、実質3円かかるという。何だかもったいないようにも思える話である。

もちろん、このようなキャッシュレス社会は、老年層や障がい者といった社会的な弱者には優しいものではない。とくに、14歳未満の人は銀行が発行するチェックカードを持つことが出来ない。実際、銀行が発行するチェックカードを1枚所持すると、ほとんど現金を持ち歩く必要がない。もちろん、外国でも利用することが出来るチェックカードの使用範囲の広さや便利さは、驚くものである。

韓国ではチェックカード(Check card)というが、日本では主にデビットカード(Debit card)と呼んでいる。Check cardは、いわゆる小切手の代わりに作られた信用供与を必要としないがない銀行が発行したデビット型クレジットカードである。このカードは加盟店の手数料や年会費、延滞料などを必要としないことや支払いよる銀行の残高い状況を瞬時に分かる。また、店でチェックをした瞬間スマートフォンに支払いの確認メールを届くため、セキュリティ対策にもなって広く普及している。

銀行のキャッシュカードを発行してもらう際、このチェックカードの機能を付けてもらうことができる。発行されたチェックカードに様々なオプション機能を付けることも出来る。もっとも一般的な機能は、交通カードである、この一枚チェックカードを持っているとレンタルサイクルからバス、タクシー、高速バス、ハイパス、鉄道、船、飛行機まですべての公共交通機関を利用することが出来る。地下鉄やバスを銀行が発行したカードを利用すると、10%の請求割引が出来、通信費の割引、映画料金の35%払い戻しの割引が効く、銀行と提携を結んでいるレストランや遊園地、コーヒーショップ、書店コンビエンストアなどでも一定の払い戻しの割引が適用される。また、持つチェックカードの種類によって、受けるサービスの内容や適応範囲が異なる。このような便利なカードを一枚持つことで様々な恩恵が受けられるのであれば、誰しもか持つものかしら。

そう言えば、中国の上海にいる友人は、ここ数ヶ月どこでもスマートフォン決済をしているので、財布がどこにあるのか、いくら現金が入っているのかわからないと言っていた。