私の関心事は、我が国が今後どのような社会を構築し、何で飯を食っていくのかを産官学連携の視点で考えるというものです。産官学連携とは、企業や大学、政府・自治体がコラボレーションをし、自前ではできないことをし相乗効果を生み出し、学問的には工学や社会学、経済学、哲学など様々な分野から構成される学際研究です。私は地域連携や産官学連携、学学連携など「連携」に関する現象をこれまで15年間ほど理論と実践両方の側面から取り組み、特に人文社会系産官学連携分野の推進に力を入れてきました。産官学連携は一般的に政府の科学技術政策の推進や企業のイノベーション戦略の一環で語られることが多く、理工・生物系分野の研究を基盤に推進がなされてきました。しかしながらこれまでの政策や戦略は失敗とは言わないものの懐疑的な見方で研究をしています。その点について紹介をします。

先ず科学技術政策です。私たちの身近には科学技術により実用化された製品が多数ありその文明の利器にあやかって便利な暮らしをしています。テレビやスマートフォーン、車、エアコンなど数え上げると枚挙がなく日本初のイノベーションの事例として、ウォークマンやウォシュレット、新幹線やインスタントラーメンなどが挙げられます。科学技術が経済発展の源泉であることは明らかで大学においてもイノベーションの創出が期待されています。我が国の歴史を遡ると明治維新後、西欧にキャッチアップするために科学技術に力を入れ、1886年には東京帝国大学の中に世界で初めての工学部が設けられるなど科学技術人材の育成に余念がありませんでした。他方で東京帝国大学は官僚養成の側面もあり、設立当初から法学部は文官、工学部は技官といった理工系・人文社会系の区別が設けられ、1910年の第2次・高等学校令の第8条に「高等学校高等科ヲ分チテ文科及理科トス」とし大学入学試験の準備段階で、既に文系志望・理科志望に2分する方式が定着していくようになります。また1960年代には科学技術に携わる理工系人材の拡充がなされる一方、人文社会系分野は常に排除されその受け皿として私立大学が拡大していきます。さらに1995年に内閣府は『科学技術基本法』を制定し、5年毎に「科学技術基本計画」を打ち出し25年間で政府は科学技術政策に120兆円の投資をしてきました。しかしながら『科学技術基本法』の第1条には「この法律は、科学技術(人文科学のみに係るものを除く。以下同じ。)の振興に関する施策の基本となる事項を定め」との記載があり、人々の生活様式や心理、関係性などを得意とする人文社会系の知を無視し過度に科学技術を重視した政策が打ち出されてきました。結果、世界でも類を見ない人文社会系の知を除いた科学技術政策により、今のところイノベーションは生まれていませんし、モノづくりを重視するあまり、AI分野の推進にも大きく遅れをとり、IMD (International Institute for Management Development)が作成する世界の国際競争力の推移で我が国は1989年の1位から、2018年には25位となりました。人文社会系の多様な見方が政策に反映されていれば今見ている光景も変わったのに。科学技術政策に懐疑的な理由です。

出典:STARTUP DB編集部(2019)「平成最後の時価総額ランキング。日本と世界その差を生んだ30年とは?

次に企業の経営戦略についてです。戦後、企業は基礎研究から応用研究、実用化研究といったリニアモデルで研究を技術に結び付け国内のみならず海外に向けて統一的な製品を輸出することで発展してきました。また基礎研究の場面で大学は主に理工・生物系の研究を活用し企業と連携を図り実用化に協力してきました。その結果性能の高い製品を生み出し日本は科学技術立国となり1980年代世界でもトップクラスの経済発展を遂げました。しかしながら大量消費・大量生産は供給側の理屈で、結果として機能もデザインも同じような製品が市場に溢れかえり、それでは駄目だと多くの製造業が現在大学と技術開発に先立つ新しいアイディアの段階から連携を希望し人文社会系の知見に関心を示しています。

日本が製造業を中心にモノづくりを強化する一方1980年代から海外は製造業を中心とした第2次産業から第3次産業に舵を取り情報社会の中でプラットフォームを創設し覇権を握りました。Google、Apple、Facebookなどの企業が代表的で時価総額は表◎のようになりました。1989年日本企業は50社中32社から2019年は43位にトヨタ自動車があるのみです。また日本生産性本部が調査した2019年1人あたりの労働生産性は81,258 ドルとOECD 加盟 36 カ国中 21 位。総務省の2018年調査によると今や日本の製造業はGDP比で26.7%に対しサービス業は72.1%です。日本はこの間相変わらず製造業を中心に性能重視のモノづくりを追究し市場の変化や人々の行動様式や心理を理解せず一人負けしました。我が国は何で食っていくかを考える所以です。 過度な科学技術信仰に陥らないためには批判的精神を得意とし、人々の生活や文化理解、社会的価値を研究してきた人文社会系の知が必要不可欠です。さらに知的資源やノウハウ、アイディアに価値づけ・意味づけをすることが重要で今後日本が食っていく際の一助になると思います。既にコンサル業は情報を価値化し大きな売上をしていますし世界時価総額にランキングされる企業は情報産業が圧倒的です。また、知の源泉でもある大学も理工系に限定した技術移転ではなく人文社会系、芸術・デザインを含め知識移転する時代が間もなくくることでしょう。新しい価値を生み出すためには産官学連携が鍵で、受験生や在学生の皆さんには陳腐化する専門知識よりも長く身に着けられる教養、自分しかできない科学的根拠に基づいたものの見方や方法論を身に着けて欲しいです。そのためには、島崎藤村の言葉にあるように三智(学んで得る智、人と交わって得る智、自らの体験によって得る智)が必要です。座学はオンラインでもできますがフィールドワークやアクティブラーニングは人と人との関係性でしか成立しませんし本学では旅先として海外フィールドも用意しています。今後、バーチャルが進めば進むほど逆にリアルは価値を持ちます。大学は知的資源を創出し、様々な人々が様々な目的で集う唯一残された公共圏です。京都精華大学の学びが将来的に皆さんの体幹を鍛えるものだと思います。