アフリカは最も若い大陸と呼ばれます。その人口ピラミッドは、日本のものと比較すると歴然としています。日本の人口ピラミッドがベビーブームの現在の40代が最も多く、若くなるにつれて先細っていく(表1)一方で、アフリカのそれは若い世代ほど多くなり、この先活躍する世代が分厚いことがわかります(表2)。

アフリカは奴隷貿易-ヨーロッパ諸国による植民地支配、そして植民地解放以降の「ポストコロニアル」と呼ばれる時代を通した、長い抑圧された時代を乗り越えてきました。経済、医療の遅れから、長くアフリカ社会は「多産多死」社会と言われ、私がアフリカのことを学び始めた90年代後半には、10人に1.6人が5歳まで生きられない社会だと言われていました(日本は0.19人/2019年)。その上、80年代ころから問題になってきた、子どもの遺棄、児童労働、そして、「ストリート・チルドレン」の問題など、「アフリカの子ども」といえば、その多くが社会問題と直結する話題ばかりでした。アフリカの厳しい自然環境、政治経済状況、大家族制を基礎とする社会の仕組みを学ぶほどに、そこからどのように抜け出すのは困難なことのように見えます。こんな困難な状況の中で、子どもたちはどんな風に育っていくのでしょう?

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西アフリカ、ブルキナファソの首都、ワガドゥグは人口200万人ほどの大都市です。日本で言えば、札幌や福岡よりも少し大きいくらいの人口規模の都市をイメージすればよいでしょう。しかし、その風景は大きく異なります。サハラ砂漠南縁部(サーヘル)に位置するこの街は、中心部でこそ複層階のタイル張りの建物が連なっていますが、庶民は「日干しレンガ」の家屋に住み、全体的に茶色い街並みを作り出しています。

この街には、ほかのアフリカの都市と同じように、いたるところに「ストリート・チルドレン」と呼ばれる子どもたちが存在します。「ストリート・チルドレン」とは、適切な保護者の保護を受けておらず、教育も受けていない6歳から18歳の、路上で物乞いをしたり、寝起きする子どもたち、と定義されます。実際には様々な定義がありますが、ここでは、このようにしておきます。しばしば、彼らは先ほど述べた、子どもの遺棄、児童労働、虐待の問題とセットで語られ、一時まで子どもの貧困の象徴的な存在でした。

少しおかしな話をしてみます。近年の統計では、約3000人の子どもたちが「ストリート・チルドレン」にあたると言われていますが、実際に路上で寝起きしているのは、おそらく300人程度です。そして、300人という数も、雨季(5月~10月)なると3分の2ほどに減ってしまいます。また、そもそも残りの2700人はどうしてしまったのでしょう?ですから、3000人と言われても、私たちの目に入るのは、10分の1かそれ以下程度で、実は「いたるところに」というのは少し違う気がするはずです。

この事情を簡単に説明してみます。

まず一般的な話から始めます。路上で寝起きする子どもたちがそこに至った経緯として、家族との不和が主な理由になっていると言われます。その理由として、日本でも問題になっているDV(家庭内暴力)により、家庭に居場所を失うことがよく聞かれます。ワガドゥグの路上でも、このような理由から路上生活を強いられた子どもたちが一定数いることは間違いありません。しかし、その一方で、半数以上の子どもたちが少なくとも数年に一度は家族の元に戻ることもわかりました。

なぜ子どもたちが家族の元に定期的に戻るのかを説明してみたいと思います。アジアの国々のように、潤沢な水を得られないこの地域の農村では、天水農業と言い、5月~10月までの雨季の雨のみを利用した穀物栽培を行います。この時期、種を撒くための畑の整備を行い、種を播き、種が芽生えると間引きを行い、そして雨季の期間中に3回ほどの除草作業を行います。それぞれの農家が数ヘクタールの土地でこの作業を行うとなると、よほど強い雨が降らない限りは、休みなく作業を続けねばなりません。この時期を農繁期と言い、農家が最も忙しくなる時期で、猫の手も借りたいほどの忙しさです。子どもたちは、この作業を手伝うために農村の家族のもとに帰っていたのです。

彼らが家庭不和などを理由に居場所を失い、やむに已まれず路上生活を余儀なくされているとしたら、せっかく得た自由な場所から、このように定期的に家庭に戻るでしょうか。総合的にこの子どもたちの動きを見ると、間違いなくそこには貧困の問題が横たわっています。しかし、大人たちも農業の忙しい時期が終わると、隣国に出稼ぎに出ていきます。子どもたちは、そのようなことはできませんが、大人が隣国で仕事を行うように、子どもたちはまるでストリートに出稼ぎに出てきているようにも見えます。

最後に、路上生活をしない「ストリート・チルドレン」の2700人はどのような子どもたちなのか、簡単に記しておきたいと思います。ブルキナファソを含む西アフリカの内陸国はイスラーム(イスラム教)が広く受け入れられている地域です。ムスリム(イスラム教徒)であるためには、有名な5つの義務を果たせなければなりません。特に日々の礼拝を行うには、クルアーン(コーラン)の朗誦が必要で、これがなくては成立しません。よって、大人になる前にクルアーン60章が暗唱できるようになることは、一人で礼拝を行うために強く勧めらます。特にクルアーンを学ぶ学校のことを「クルアーン学校」と言い、西アフリカの「伝統的」教育を担ってきました。この学校のタリベ(生徒)は、先生の家に住み込みながらクルアーンを学びます。彼らの生活は、日々のクルアーン学習の他、タリベは仏教寺院でよくあるように、家々の門の前に立ち、クルアーンを朗誦することで食事の提供を受けます。托鉢に似たこの行為は、宗教的な意味合いだけでなく、それぞれのタリベの生活を維持するためのものとしてとらえられています。農村では、この形式を保っていることもありますが、個人主義の進む都市社会では、ほとんどこうした光景は見られません。都市では食料生産ができないため、托鉢の代わりに街角で物乞いをすることになります。「ストリート・チルドレン」の大部分を占めるのは、彼らのような物乞いをするタリベたちなのです。

いかがでしょうか?私たちが持つ様々な問題へのイメージは、多くの場合、脚色され、様々な事情が目に触れないように隠されてしまいます。子どもたちがよりよい環境で育つこと。これが非常に重要なことですが、その反対側にある環境に身を置く子どもたちの象徴としてとらえられる「ストリート・チルドレン」を取り囲む環境は、決して単純なものではないこと、そして、私たちのイメージとも大きくかけ離れていることがわかります。行動すること、彼らに寄り添うことはとても大切なことですが、その前に、「ストリート・チルドレン」しいては「弱者」のことをよく知ることが、学生や研究者のすべきことなのではないかと思います。