たとえば、民謡は歌そのものが伝承されているが、これを誰が作ったかはほとんどが伝えられていない。良い歌だから伝わったのだ

9月の中旬、妻に誘われて、映画『糸』を観に映画館を訪れた。中島みゆきの「糸」という歌に着想を得た物語である。スクリーンのなかでも、ラジオから「糸」が流れ、エンディングでは、主役の一人である高橋漣役の菅田将暉がうたう「糸」が流れていた。私は、ヒロイン園田葵役の小松菜奈の演技に惹かれたこともあり、この映画が気に入ったのだった。自宅に帰ってからも、中島みゆきの歌をフルバージョンで聴くことができるYouTubeの『糸』MUSIC VIDEOを観て、映画を思い出していた。一方で、Apple Musicで「糸」を検索して、そのカバーバージョンを聴きまくっていた。そこには、中島みゆき自身は歌を提供していなかったが、他の歌い手の「糸」が、30曲ほど入っており、これも片っ端から聞いて、映画の世界に浸っていた。そのうち、歌い手が中島みゆきでなくてもよくなっていった。一方で、なぜ、多くのアーティストがこの歌をカバーしているのかを考えていた。多くの人に「共有される」ことが名曲の重要な条件だと日ごろ考えている私には、まさにそういう歌として「糸」はあった。これは、大学の講義で学生によく話すことなのだが、あるテレビ番組で、松任谷由実が、自分が作った歌について、作り手が忘れられても歌い続けられればよいと言ったのを聞き、「この人は歌の本質をよく知っているな」とやけに感動したのだが、「糸」はまさにそのような歌になりつつあるのではないかと考えていた。

映画『糸』の映像から作られた中島みゆき「糸」のミュージックビデオ

「糸」は、まず、中島みゆきのアルバム『EAST ASIA』(1992/10/7)に収録され、その後、TBS系のテレビドラマ『聖者の行進』(1998、脚本・野島伸司)の主題歌であった「命の別命」とともに35枚目の両A面シングルとして1998年2月4日にリリースされている。ドラマの挿入歌としても流れたとのこと。私はてっきりB面かと思っていたのだが、そうではなかった。そこで、Amazon music primeで「命の別命」も聞いてみたのだが、そこにははっきりと中島みゆき節ともいうべき表現の特徴が刻みつけられていた。これに比べると「糸」の方は、その傾向が薄く、だから、他の人が歌いやすい歌になっているのだと感じた。といっても、印象的な歌詞と楽曲はみごとに調和していて、多くの人のこころを惹きつける要素をじゅうぶんに持っている。繰り返すが、多くの人に共有されること、それが歌として大切なのである。そのようなことを感じていた中で、資料調査の目的で、私は9月28日に天理図書館を訪れた。ニコライ・A・ネフスキーという、日本の民俗学の草創期に来日し、沖縄の宮古島などを調査した言語学者について調べることが目的だった。ネフスキーは、宮古島に伝えられた歌に惹かれている。2日間の調査の初日を終え、図書館から天理教の神殿の前を通って帰るさい、その近くにある天理教関係の書籍を置いているおやさと書店の前を通りかかっ。そこで中島みゆきの写真が大きく載ったポスターを見かけたのだ。そこには写真とともに「中島みゆき第二詩集」、『四十行のひとりごと』、「好評発売中!」と記されていた。さらによく見ると、いちばん上には「道友社の本」とある。店頭には、これがたくさん平積みされていて、さらに中に入ると、山積みにされたその詩集の上には、中島みゆきの直筆サインが書かれた色紙も飾られていた。これには「道友社さま江」と書かれ、9月25日の日付が入っていた。

ある時期から、私は聞きたい歌い手のライブにけっこう足を運ぶようになったのだが、ただ、中島みゆきだけは、何度応募してもチケットが取れない幻のアーティストだったので、直筆のサインにはちょっと驚いたが、詩集を手に取ったものの、結局買わずにその日は帰った。道友社は天理教の運営する出版社なので、気になったのは、中島みゆきとの関係だった。それで、帰りの近鉄電車の中で、スマートフォンで、「中島みゆき 天理教」と検索してみた。すると、「天理婦人会」のHPで、信者の方が中島みゆきのことについて書いているページがトップヒットし、その下にはアメーバブログで「風の笛」というアカウントの方が「中島みゆきの修養科」というタイトルで、「もう13年前のことです」としながら、彼女が3ヶ月間も天理の教会で修養していたことが記されている。さらに、これに引用されたブログによれば、それは昭和62(1987)年のことで、その年に修了しているとのこと。「みゆきさんは毎日曜日(土曜日?)新幹線で東京に通われていたそうです。もちろんオールナイトニッポンの為ですね。」(2007/03/07)とも、記されている。彼女は、修養をしながら、オールナイトニッポンであのよく知られたパーソナリティをこなしていた時期があるのだ。

つまり、中島みゆきは、天理教の熱心な信者だったのだ。このことは、ネットで検索しても、すぐにわかることだ。だから、第二詩集も道友社から発売されたのだ。断っておくが、私はこれが問題だと言おうとしているのではない。信仰の自由は誰にでも保証されているし、天理教に私は悪い印象を抱いているわけではない。むろん、どのような宗教にも功罪はあるだろう。だが、私はむしろ、教祖中山みきの神がかりに関心を抱き、これを論じた中井久夫という精神科医の書物から自分の論文に引用したこともある。さらに、大学院を出て、あるカトリック系の中高に教員として勤め始めた最初の連休に、中上健次という作家に憧れて、予定もせずに和歌山の新宮市を訪れたさい、宿の予約もしていなかったせいで泊まる場所が無く、その時のタクシーの運転手が連れて行ってくれた天理教の宿舎で泊めてもらったという、一宿一飯の恩義もある。ただ、その歌をずっと聴き、テレビやラジオ、あるいはシアターライヴなどで中島みゆきの言動を見てきた限りでは、彼女に「孤高」、詩人の茨木のり子の言葉を借りれば「倚りかからず」というイメージを私は持っていたから、特定の宗教の信者であることが意外に感じられたのだ。

さらに、電車の中でTwitterを同様に検索していると、さらに驚く投稿に出会った。アカウント名「松永洋介/ならまち通信社」が「中島みゆき『糸』。Wikipediaに『天理教の現真柱・中山善司の結婚を祝して1992年に作られた楽曲』とあり、へーっと思ったので『天理時報』を確認したら、たしかに書いてあった。」(2018/1/10)と投稿し、そこに引用された『天理時報』(1992/04/12)の画像には「この度の、中山善司様、はるえ様のご結婚式に合わせて、ようぼく歌手・中島みゆきさんが作詞・作曲した歌『糸』。披露宴では真柱が自ら歌われた。」と歌詞の前に記されている。Wikipediaの「天理教」の項目によると「ようぼく」とは「天理教信者の呼称のひとつ。一般的な宗教における信者に相当する言葉」とある。さらに、上記投稿に続けて、「この記事で『披露宴では真柱が自ら歌われた』とあるのは、中山善司さんの父で、1992年当時の真柱(教主)だった善衞さんのことです。」中山善衛は、天理教第3代真柱で、『天理時報』(1992/4/12)から、披露宴で彼がマイクを手にし「糸」を歌う写真も「マイクを持って『糸』を歌われた真柱」というキャプションとともにアップされている。ここで重要なのは、最初にこの曲を公で披露したのが、天理教の真柱だったということだ。中島みゆきは、自らの信仰心を込めて、息子の結婚式で真柱が歌うために、この歌を作った。中山みきは1886年(慶応2年)に「あしきをはらひて たすけたまへ てんりん(てんり)おうのみこと」の歌と手振りを教示したとされる。また、翌年には『御神楽歌』の制作を開始し、手振りのほかにも鳴り物の稽古もはじめたという。歌と信仰は深く結びついているのだ。

Mr.Childrenの櫻井和寿と小林武史が結成したBank Bandによる「糸」のカバー

さきほど、松任谷由美の言葉とともに、「歌の共有」について書いた。だからCover曲は、その一つのあり方だと言える。Yahoo!ニュースで見つけた「『糸』カバーバージョンをラジオ局のレコード室で調べてみた」(ラジオ関西トピックス/ラジトピ、2020/8/19.19:45配信)という記事によれば、「およそ120組がカバーしている」という。私は、NHKBSの番組でリリー・フランキーが司会をしている「The Covers」という番組を偶然観てから、カバー曲の良さを再認識したのだが、「糸」のように、多くの歌い手にカバーされている歌も珍しいのではないか。この歌は、多くの人に共有されているのだ。Wikipediaの「糸」の項目によれば、2004年に、 Mr.Childrenの櫻井和寿とプロデューサーの小林武史がチャリティのために結成したBank Bandのカバーアルバム『沿志奏逢』に取り上げられ、その翌年住友生命のコマーシャルに使用され、広く知られるようになったという。日本音楽著作権協会(JASRAC)の著作権使用料分配額(国内作品)ランキングで2015年度は年間3位、2016年度は年間1位(JASRAC賞銅賞)、2017年度は年間4位(同金賞)、2018年度は年間3位、2019年度は年間3位(同銅賞)、2020年度も銅賞を獲得している。また、2018年2月度日本レコード協会リリースにおいて、(着うたフル+ネット配信)でのミリオンに認定されたという。2002年のフル配信から15年10か月かかっていて、それまでの記録であった中島美嘉の「雪の華」の13年0か月を抜いて、史上もっとも長い年月をかけてフル配信ミリオンに到達した楽曲になったということである。さらに、2017年度にはJOYSOUNDの年間カラオケランキングで2位となっている。プロの歌い手だけではなく、一般の多くの人に歌われ、広がっていったといえる。

『四十行のひとりごと』の全国発売は10月1日であり、おやさと書店のものは、先行発売であった。このようなことを調べたあとの、天理図書館調査2日目、私がこの詩集を購入したのは、いうまでもない。帰りの電車で、これを読んだのだが、最初の詩「礼」には、小学校の給食のさいに「イタタダキマスは言わせません 給食を作った人よりも食べる人が下位などと卑屈(ひくつ)になる必要はないのです」としてドンという靴音で一斉に食べさせる教師に対し「給食を作った人や 給食代を支払った人や/給食となった植物にも動物を/貸してくださった神という方に 謙(へりくだ)って私はイタダキマスを言う」とし、この詩の最後に「私は礼が、好きなのである」と書いている。天理図書館での調査の帰り、感謝の気持ちを伝えるために天理教の神殿に立ち寄ったさい、天理教にとって世界の中心である神座に向かって、手振りとともに、「あしきをはらひて……」を声高々と唱える、あるいは歌う信者の姿を見かけた。中島みゆきは、真柱が息子への心からのお祝いとして歌うことを想定して、中島節を抑えて「糸」をつくったのだろう。だから、「糸」は誰でもが歌いやすく、聞きやすい表現になりえたと、私は考えている。たとえば、民謡は歌そのものが伝承されているが、これを誰が作ったかはほとんどが伝えられていない。良い歌だから伝わったのだ。この世界での人と人の「めぐり逢い」を、布に織りなされる縦横の糸に喩えたこの歌も、中島みゆきという作り手、そして歌い手が忘れられても、歌い継がれる現在の民謡になるのかも知れない。